長州力と泳げたいやきくんの共通項

プロレスラーの長州力が引退した。中学時代、彼のポスターを部屋に貼っていた。新日本プロレスが好きだった。長州力はアマチュアレスリングミュンヘンオリンピック代表経験者として期待されながら、プロとしては地味でメキシコ修行(現地に住み込んでメキシコリングに上がる長期遠征)に出るまでぱっとしなかった。当時、絶賛売り出し中のスタン・ハンセンが大暴れするのを制止する若手の一人として面白いようにロープに振られ必殺技ウエスタンラリアットの餌食になって豪快に吹っ飛ばされていた。他の日本人レスラーが大体黒シューズなのに白いシューズを履いて珍しかったし髪型がこれまたおばさんパーマでイケてなくて、「白シューズの長州、また吹っ飛ばされてるよ」と笑っていたものだ。

ところが数ヶ月後(1年間くらいの記憶だが定かではない)に、メキシコ修行を終え日本に凱旋帰国し日本のリングに上がったとき、髪型は長髪になり、肌は褐色に灼け、面構えも精悍になり明らかに一皮むけていた。

それから、かの有名なかませ犬発言から一気にメインストリームに踊り出て快進撃が始まった。

当時、メインエベンター争いでは一歩も二歩も先を行っていた藤波辰巳に向かって、「藤波!なんで俺がお前より前にコールされなきゃならないんだ。俺はお前のかませ犬じゃない!」と噛み付いて体制に反旗を翻したわけだ。あの駄目長州がスゲーカッコよくなった!と思ったし、イケてなかった男が一念発起して人生の反転攻勢に出たのを目にして当時中学生だった俺は子供ながらに興奮した。

あの時、長州はただのプロレスラーではなく世間の大多数を味方につけてひとつのアイコンになったのだと思う。一般社会とプロレスの間に橋を架けたのだ。

組織の中で、目上の人間の指示に従いながら大なり小なり内心忸怩たる思いを抱えながら仕事をこなす人間はたくさんいて、それらの人々に彼の言動、行動は大きな共感を呼んだのだと思う。当時中学生だった俺でさえ、駄目な男が見違えるように変わった姿の中に凄い説得力のあるドラマを感じていた。今改めて思うとあれは男のロマンであり、狙ったのか狙わずかは不明だが長州力は世間の代弁者の役回りをとにかく担ったのだ。

「毎日毎日僕らは鉄板の、上で焼かれて嫌になっちゃうよ、ある朝、僕は店のおじさんと喧嘩して海に逃げこんだのさ、、、」泳げたいやきくんが組織にいて嫌気がさし、どこかで解放されたい人間の心に響いてヒットしたのと共通するものを感じる。

その後、長州はトップに立ち、社会を支える大多数の代弁者としての役回りを終えてしまい、その男のロマンの物語に胸を踊らせていた俺にはつまらなくなってしまったのだが、あの熱い感情が吹き出した季節をリアルタイムで経験できて良かったと思う。ここ数年の新日本プロレスは一時の低迷を抜け出し元気を取り戻してファンとして嬉しいが、あの頃の魂が震えるようなムーブメントを巻き起こす力はあるだろうか。

投稿者: ふう

50代前半の動物 主に話す言語:日本語 趣味:アイロン 散歩